オフ会Ⅰ:生き甲斐編

2017年7月、ネットで適当に検索していると「activo」というボランティアサイトに辿り着いた。
ある日、そこで一つの新着記事を見付けた。


https://activo.jp/articles/67354

『「生きづらさ」を抱えている人が自分自身の「生きがい」の発見、再認識をします』
タイトルの特定の言葉に思わず反応した。
他のボランティアと同じ様に適当に応募だけしておくことにした。
後日、その「生きづらさ」とやらのボランティアの団体からメールの返信が来た。
8月の山の日に水元公園という場所に集まり軽い運動、各自持参の昼飯を食った後会議室的な場所で三時間程談話グループワークを行うというオフ会を行うらしい。
イベント参加者募集文面の詳細、団体の理念や代表者、団体のFacebookを一通り閲覧した結果、「彼ら」はどの様な集まりであるのかを把握した。
実際に行かなくても記事やFacebookを見るだけで自ずと判明するものであった。
ネット上には過去のオフ会のものと思しき集合写真や、オフ会当日の内容について会議を行いながら団員達で集い飯を食っている写真が上がっていた。
どの写真を見ても何にも行き詰まることなく普通に生活が送れていそうな人間しか写っていない。
表立って顔に出していないだけかもしれないが、風貌は正にリア充系といった感じである。
文面も見れば絵文字等を使った今時の所謂リア充にありそうなものだった。
彼らは傍から見れば十分に「リア充」と呼べる立ち位置の人種であるように考えられた。
「生きづらさ」等は1人で考えればいいものだが、態々知り合い他人を問わず集団を集うこと自体がリア充が行いそうな所業であるのだ。
他人の意見を仰ぐことも間違ってはいないが、彼らは最初から他人に頼る腹積もりしかなさそうであった。
オフ会詳細の当日の集合から解散までのスケジュールを見たが、表向きに「生きづらさ」を語るだけで内情はリア充達による突発オフの一種なのではないかと考えられた。
寧ろ「生きづらさ」は人を集めオフ会を催す為の只の口実なのではないかと推論しさえした。
これまでオフ会とその団体について述べて来たが、実は俺は行く気を失うどころか寧ろ興味が沸いてきていた。
この様な露骨なリア充の為とでも云うべきオフ会に集まって来るのはどんな人種の人間であるのか気になったのである。
もしそこに来るリア充が「生きづらさ」等を感じるのならば、一体何が生きづらいのか一聞する価値があった。
直前に送信されたメールを参考として以下に示す。

お世話になっております。

いよいよイベントまであと1日となりました。

以下2点ご確認頂けると幸いです。


1、イベントの際の写真撮影についてです。当日、Graduceの活動記録として写真を撮らせて頂きたいと思っております。
写りたくない方は、写真に写らないよう配慮致しますので、このメールまたは当日にお教えください。


2、当日の集合時間・場所・持ち物

【日時】
8月11日(金)山の日

【集合時間】
 9:30

【集合場所】

JR金町駅 南口

(10分前を目途にお越しください。当日は会場の水元公園までバスでの移動になります。9:40発のバスを予定しています)


【会場】
水元公園


【持ち物】
・バス運賃往復用440円

・動きやすい服、靴(広場にてちょっとした運動をします。汗をかくため必要な方は予備のTシャツをご用意下さい)

・お弁当(当日は全員でお昼を食べます。コンビニ弁当等でOKです。)

・飲み物(公園にて購入もできますが、自販機まで距離があるためご用意下さい)

・暑さ対策グッズ(当日は猛暑が予想されますので、日焼け止めや帽子があると良いと思います)

・お菓子(当日みんなでシェアしましょう)

・筆記用具(午後の内部イベントで使いますが、こちらでもご用意するのでなくても大丈夫です)

・タオル


都合によりキャンセルの場合は、当日11日の8:30までにご連絡下さい。


それでは当日一緒にお話しできることを楽しみにしております!よろしくお願い致します。

Graduce 





当日になっても昼夜逆転生活は直らず、一睡もしないまま朝2本目の電車に乗って集合場所の金町駅まで赴いた。
当日は雨が降っていた為、外での運動はなくなると思われた。
常磐線に乗り換えた時に間違って快速に乗ったり、反対方向に行くものに乗ったりして予定よりも30分ほど遅れて金町駅に到着した。
7時半に金町駅南口から出て徒歩30秒のマクドナルドに入り、集合時刻9時半まで勉強をしながら待機した。
8時過ぎから雨が止みだした。
このままでは運動が行われてしまう見込みがある。
2階に取った席からは窓越しに駅の入口が見えた。
ここからでも集合場所の状況確認が出来るようだ。
集合時刻の9時半になってから俺は金町駅南口に赴いた。
メールには『9時40分発のバスに乗るので早めに集合10分前の9時20分位には集合してください』とあったが、待ち時間に話を振られると面倒なので敢えてギリギリの時刻に集合した。
二時間前とは異なり人通りが多くなっていた。
彼らは何処に集まっているのか辺りをそれとなく見回した。
すると駅南口前に若い大学生位の集団が横に並んで立っているのが見えた。
今回の集まりには社会人も来るらしいが、全員大学生だと言っても違和感は無いくらいに若い奴しかいなかった。
このオフ会の名目上若い奴が多いのは見当が付いていることではあったが。
あれが例の団体であるのかと目星を付けた。
立ち止まって彼らを一人ずつよく見ると『Graduce』と書かれた紙を持った人間がいた。
今日のオフ会を開催した例の団体の名前であった。
これにより彼らが関係者であることを確信して近付いた。
彼らの前に立つと名前を聞かれた。
本名を答えると到来したことを認識され、同時に感謝された。

「今日は来て下さってありがとうございます」

恐らく団員の一人であると考えられる若い女性が話しかけてきた。
女性とは言っても大学生か社会人かは釈然としないが身長や顔付きから大人っぽさは感じないあどけない印象を受ける。

「ここまでどれくらい時間かかりました?」

その女団員は参加者を省かない様にする配慮する為かよく話し掛けてくる。
その内愛想を尽かされ相手にされなくなるのだろうと思いつつも適当に受け答えた。
2時間位前から近くにいたことを報する。
先程までいた飲食店舗マクドナルドに指差して言うと、傍で話を聞いていた団員達にも驚嘆された。
傍聴していた団員らしき若い男性が言った。

「意識高いな~」

そいつも十分若く大学生に見えた。
恐らく今回のオフ会に集くのは大学生と新社会人だけなのであろう。
そのまま女団員による質疑応答は続いた。

「何時に家を出たんですか?」

5時と回答すると更に団員達は驚愕した。
俺が集合したのが最後だったのか、俺が集合して数分した後集団は早くもバス停に向かい始めた。
9:40発のバスに乗るらしいのでもう行かなければならないというらしい。
集団の列の一番後ろから付いて行こうとすると先程の質問攻めの流れでか、先程の女団員が隣に付いてきた。
一人で歩こうとしたが勝手に隣を歩いて付いて来る様だ。
他人と足並み揃えて歩くのは何時振りであろうか。
女団員は何か話そうと試みようとしたこともあったが、俺相手には長い時間は持たずに無言の間が多く続いた。
俺より前を歩いている多くの奴らは既に楽しそうにワイワイと対話していた。
一応彼らも全員初対面の奴らである筈だが全員馴染みやすい性格であるのか、静謐が保たれているのは列の最後尾を歩く俺と女団員の組だけである様であった。
団員と一般参加者の割合は分からないが、恐らく何人かの団員達が同様に一般参加者達に話し掛けている形を取っているのだろう。
俺はその後も隣の若い女団員との間の気不味さを誤魔化したりせずにそのまま静寂を貫いた。
コミュ障は無理に話そうとする方がボロが出易い。
隣の女団員が先程みたいに詰問して来ないのは相手が質問に困惑することを考えて気遣っているからとも考えられるが、寧ろ女団員は隣で話す人間が嫌で変えようにも流石に今露骨に話す人間を変えるというのは相手への失礼に値すると思い離れるのを我慢しているのだろう、と考えた。
間違って面倒な奴を話す相手として選んでしまったことに後悔しているに違いない。
そんな隣の奴が些か不憫だと思われた為、少し気になることを訊くという名目で俺は静寂を打破してやった。

「そうですね…8人位応募したんですが、1人まだ来てないんですよね」

何人応募したのかと訊くと女団員は屈託無さそうににこやかに返答した。
先程までの無言の間は気にしていないようだ。
物好きの暇人が8人も居るらしい。
俺もその暇人だ。
団員達は一見リア充っぽいが例の団体は『生きづらさ』について会談するという主旨の集まりであるらしいので内面については一抹の期待は抱いていた。
尤も外面だけ見ると誰も生きる上では辛さ等は感じていなさそうな顔触れであった。

「あそこにいる…」

「────」

「あ、今あそこで喋ってた人が団体のリーダーですね」

確かにネット上に掲載されていた画像で見覚えのある顔だった。
あれが当該団体設立者であるのだろう。

「皆さんは正直『Graduce』は何をしている団体なのか全く分からないと思いますが───」

「ですが今回は『生きづらさ』というよりは、そこから更に発展して『生きがい』を話し出すということに───」

今回集まった一般参加者は俺を含め7人。
男性が5人、女性が2人である。
団員と合わせると合計男性7人、女性5人の総計12人が今回のイベントに参加する奴らであった。
バスに入り運転席を通過しようとすると運転手に止められた。

Suica持ってます?」

俺の後ろから一緒に入って来た先程の団員が言った。
どうやら先払いのバスだったらしい。
俺は最後の方に入ったので、バスの後部座席は既に彼らで占領されていた。
俺が空いている二人席の窓側に座ると先程の女団員も当たり前の様に隣に座った。
念の為に酔い止めを忘れたことを報告する。

「あ、ありますから大丈夫ですよ~」

酔い止めの薬があるのかと思ったら隣の女団員…改め、バスで隣の席になった団員、通称バス団員はビニール袋を手に持って示した。
そこに吐けと申すらしい。
俺はバスに乗ると吐き気を催す体質であるのだ。
成る可く外を見る様にしていたが、今回はそれ程気分は悪くならなかった。

「先払いか後払いか分からないことありますよね」

先程のことをフォローしてくれているのかもしれない。
適当に返答した。
変に構えない方がスムーズに話せることは既に学んでいる。
その後はバス団員に訊かれたことから俺が今日5時台の電車に乗ってやって来た件から、普段大学のある日も4時起き、4時間睡眠であること等を話した。
バス団員は関心しなから対話を繰り広げようとしてくれた。
俺は声が小さい為騒がしいバス内では一層声が聞こえ辛い。
バス団員は努力したようだがそれでも相手が俺では間が持たなかった様であり、俺とバス団員のところだけ到着まで長らく沈黙が続いていた。
一方バスの後部座席からは乗車している間談笑の声が絶えず聞こえていた。
初対面でよくあれだけ打ち解け話せるものだと思った。
バス団員は俺は見た目からして真面目な人間だと言った。
俺と出会った奴は決まって「雰囲気が他の奴と違う」と言う。
そう思われる程の特徴的な顔付きをしていることは自他共に認められていることである。





数十分後バスの中ドアから降車した。
水元公園という、東京都内では珍しい大きな自然公園内でオフ会を行うことになっている。
入園して直ぐ歩いた所に食事処があった。

「一見ここはただの食べる所に見えるかもしれませんが、実はこの建物の右側、集会所みたいな所があるんですよ。後ほどここに集まるのでここの場所を覚えておいて下さい」

通称司会団員が言った。
どうも今回例の団体を仕切っているのは団体設立者ではなく、一団員の男性であるらしい。
団体設立者は他の団員と同じ様に一般参加者と会話しているだけで何か特別な役割をしている訳では無い為、案外印象が薄く感じた。
そこから10分程歩いた。
グループワークを行う為の広場まで向かっているらしい。
歩いている途中、俺は両端を団体設立者ともう1人の一般参加者に挟まれる形になった。
もう1人の一般参加者は眼鏡を掛けていた。
通称眼鏡参加者は大学1年であると語った。
その後は眼鏡参加者と団体設立者がそのまま俺を挟む形で対話を続けた。
俺は会話に参加していない。
人を間に挟んで会話され続けるのは鬱陶しいことこの上ない。
間にいる人間のことをナチュラルに意識していないのだろうか。

「昼ご飯持ってきた?」

「持ってきました」

今回のオフ会における昼飯は各自持参となっているが、俺は昼飯を食わないことに決めていた。
俺は普段とは違う環境で昼飯を取るとなると食欲が失せる体質であるらしい。
少なくとも7年前の時からその体質は変わってはいない。
一応リュック内に朝に突っ込んだランチパックが転がっているが、食う気は今のところ無かった。
すると突然彼ら2人は当然の流れかの様にそれまで黙っていた俺にも昼飯の話を振ってきた。
何故それだけピンポイントで巻き込んでくるのか。
あまり昼飯持ってきていないと正直に言うと、途端に団体設立者と眼鏡参加者は驚いた反応をする。
昼飯が無いことは彼らにとっては余程重大な問題であるらしい。
そこまで生きることに執着している訳では無い為、最近では俺はすっかり睡眠や食事は疎かになっているのだ。
団体設立者はそれを先頭を率先する司会団員にチクる。

「昼飯持ってきてないなら俺のおにぎりあげようか?」

司会団員が言った。
元々最初から昼飯を食う気は無かったが、無理に好意を断るという行為は控えることにした。
昼食は全員で集まって取るらしく、空気を読まないと更に厄介な事態になり得ることが想定された為である。
久し振りに人に「気を遣った」。
薄々こうなることは分かっていたが、やはり話すことではなかった。

「ここが最寄りトイレとなります」

そろそろ目的地に到着する様だ。
最寄りトイレが見える近くの草原の広場に彼らは入って行く。
司会団員が巨大な青いレジャーシートを取り出し、男を中心とする奴らが広げるのを手伝っていた。
一部の女子は手伝わずに静観している。
俺も手伝おうとしたが、彼女らと同様に静観することにした。
手伝わなくても文句は言われないだろうと推察したのだ。
広げられた巨大な正方形のレジャーシートの角の端っこに自分の荷物を置いた。
20人用のレジャーシートらしいので全員が座っても余裕があった。
十数分程のトイレ休憩後、自己紹介から始めると司会団員が言った。
少し驚くべきことに休憩中も彼らの中にはスマホを弄る奴は一人もいなかった。

休憩が終わって最初にグループ分けをされた。
事前に団員達によって決められていたらしい。
4人グループが3つで余りなし。
グループで固まる為に他の奴らは移動を始めた。
俺はレジャーシートの角に座ったまま不動を貫いていたが、周りに他の3人が集まって来たので動く労力を使わずに済んだ。
俺から見て右側にバス団員が座り、左側に眼鏡参加者、対面にもう一人の知らない女性の団員が座った。
この4人で正方形を作る様な位置に向かい合って座った。
眼鏡参加者やバス団員は先程まで多少話したこともあったので妙に安心感があった。
それから次に首掛け付きの名札入れとマジックペン、名札入れに丁度入る大きさの紙が配布された。
隣の眼鏡参加者からマジックペンを手渡しされた。
ニックネームを書いて首に下げて今日一日中過ごせというらしい。
日本語を使うと字が汚い奴だとバレるので英語を使って誤魔化すことにした。

「何て読むの?」

俺のネームを見たバス団員が言った。
読み方を答えるとバス団員は納得した。
対面に座る人物こと通称対面団員も同じ様に感嘆した様相を呈した。
バス団員と対面団員は外見は普通の女子大生に見えるが、二人共に社会人であるらしい。
眼鏡参加者だけは現役大学生であったので同じグループに居て安心感があった。
様子を見ていてこのイベントに参加する人間の割合は大学生よりも社会人が多いことに俺は気付き始めていた。

それから司会団員が今日のイベントの実施内容、この団体について口頭で説明した。

「皆さんこの団体は一体何なのかよく分からないと思いますが─────」

「まだ出来てから1年くらいの団体で─────」

「今日は多様性を尊重して─────」

意外と長い。
次いでに団体設立者も少しだけ話した。
やや眠くなった。
事前にどの様な主旨のオフ会や団体であるか調べていた上に、今日興味があったのはオフ会そのものではなくオフ会に来る人間の人柄であったこともあったので割と全て聞き流していた。

次は自己紹介を全員順番にやっていくらしい。
自己紹介には当然良い思い出は何一つ無い。
今回はどうやら自己紹介のテーマが事前に決められているらしい。
自分の名前、先程決めたニックネーム、出身地、今年の夏行きたい場所、今までに行っていて良かった場所、の5つだった。
言うことがある程度確定されているというのは話しやすい。
自由に自己紹介をしろと言われたら何を何処から何処まで紹介すれば良いのか分からなくなるものだ。
実を言うとこの時まで俺は未だ彼らは普通のその辺にいるリア充かと思っていた。

「今年はオーストリアに行きます」

「おおーっ」

海外旅行や留学をしたことがあり、これからもする予定だと言う奴らが1人や2人ではなく何人も居たのだ。
彼らは只のリア充ではなく、意識高い系の集まりであったのだ。
確かに何かを考えるということは意識が高くなければしなさそうだったのでその場で納得した。
やがて到頭俺の番が回って来たらしい。
レジャーシートに座る位置はバラバラなので誰から回っていくのかよく分からないまま、俺はその場に立った。
先程団体設立者や眼鏡参加者と話した時もそうだったが、俺は既に幾つか嘘を吐いていた。
他人に心配されない様にする為だ。
それでも咎められない様に表面上取り繕うのは面倒臭い。
自己紹介が終わった後、早速4人で談話するのかと思ったが違ったらしい。

「連想ゲームしたいと思います」

談話前の緊張解しとして参加者の共通点を探して親睦を深める為に行うらしい。
先程分けた4人グループ3つではなく、一旦別の6人グループ2つになってから行うらしい。
決められたグループの6人で集まり歪な六角形を作る形になった。
お題一覧が書かれた紙が各グループに配布された。
『コンビニといえば』『夏の食べ物といえば』『100円ショップといえば』等のお題が箇条書きになっていた。
かなり題数がある気がしたが、全て読むまでやるらしい。
連想ゲームとは「○○といえば?」と誰か1人が言い、全員が「せーの」と言って連想したものを同時にいうというものであるらしい。
お題は1人ずつ順番に読んでいくと決められ、俺にも6回毎にお題を読む仕事が回って来た。
6人答えを一斉に言うというということで騒がしくなる為、声の小さい俺は彼らに何度も聞き返された。
『面白い芸能人』というお題で「はんにゃ」と回答すると昔の芸人の名前を出すよな、みたいな顔をされた。
小学校時代の未だテレビを見ていた頃の記憶を頼りにしたのだ。
最近の芸人や流行りの曲は知る由が無い。
『夏の曲といえば?』というお題が出た時には司会団員は全員それを知っているので答えられるのは当たり前だと言わんばかりの発言をした。

「夏の曲といったらあれしかないでしょ」

「うん」

「皆分かるよね」

「アレだよね」

「これは全員そろうの行ける?」

「やっぱあれだよな。あれ。作者忘れたけど」

「んんんんんんん!」(人名を伏せて言ったのだろう)

「ああ!」

「うん!そうだね!あの人だった!」

全く共感が出来ない。
1人だけ置いてかれている気分。
俺には彼らが何を連想しているのか想像が付かなかった。
しかし知らないとは言える雰囲気ではない。
自分らの常識を世間の常識の様に思うのは止めてくれと思った。
俺が世間から自ら離れていったのもそれが煩わしかったからだ。
畢竟何も思い付かなかった俺は何も言わずにいることにした。

「夏の曲といえば?」

「せーの!」

「少年時代!!」

全く予想だにしていなかった回答が示された。
俺は発声すらしていない為、当然司会団員達には聞き返される。

「聞こえなかった…なんて言った?」

俺は同じ奴を想像していたと言った。
そう回答することが彼らに最も満足感を与えるであろう。

「だよね」

この思想強制ゲームは何時まで続くのかと終わるまで思い続けていた。
やはり人間とは関わるものではない。
初端から精神を磨り減らす連想ゲームが終わった後、2グループの全員の答えが揃ったお題数を比較した。
向こうは0回、此方は2回だった。
因みにその全員揃ったお題は『東京といえば──東京タワー』『発明家といえば──エジソン』だった。

(ここでスカイツリーとか言ったら当然の如くKY扱いされるんだろうな…)

(普通の人間が瞬時に発想する発明家とは何だ…?)

イベントが始まって間も無く「自分の判断を棄却し相手の思想に否応無く賛同する」という典型的な協調的行為を求められた。
他人に協調するという行為には苦痛しか感じない。

「発明家なんてエジソンしか分からなかったよ」

バス団員等がそう言っていた。
余計に深いことを考えない方がこの団体内ではやっていけそうだ。

連想ゲームが終わった後一旦トイレ休憩を挟んだ。
日向に不満がある人が多かったのでそこでレジャーシートを木陰のある林の下まで移動させた。
涼しくはなったが先程よりも地面が木の枝や石等で凸凹しており、レジャーシートの座り具合が悪くなり、座ろうとすると小枝が尻に食い込んできた。
俺が少し場所をずれるとバス団員が変わりにそこに座った。
そこまで気を使う必要は無いのにと思った。
今度は先程最初に決められた4人グループに戻ってグループワークをするらしい。
本題の「生きづらさ」を感じることについて4人で語れという。
先程と同じく右側にバス団員、正面に対面団員、左側に眼鏡参加者が見えるような位置に4人が座り談話が始まった。
バス団員、対面団員、俺、眼鏡参加者の順番に「生きづらさ 」を感じている点について語った。
各々1人ずつ数十分位語る時間が振り分けられ、語り終えたら他の3人からの質問タイムになった。
他の奴は何分間も止まらずに話していたが、俺の自分語りタイムは10秒位で終了した。
各自の発言を要約すると、友達がいるリア充でもオタクでも誰でも普段は表面上現さないだけで心の中では人間関係に悩みを持っているということだった。
彼らのものは十分に贅沢な悩みだと笑い飛ばせる内容である。
本当の底辺からはふざけるなと怒られるかもしれない。
尤もそれらの話は全て想定内の発言だったので少し聞いていて退屈になった。

「人に合わせるのは大変ですよね」

俺は彼らに賛同意見のみを示した。
同じく彼らの中にも反対意見を出す者は存在せず、只管肯定のみの談話になっていた。
反対意見は出してはいけないという暗黙の了解があるような雰囲気であったのだ。
彼らの語ったことは要するに、学校や職場で普通に友達や知り合いはいるが距離感を図りかねているということだ。
俺は友達がいないことを暈しながら先に発言していた対面団員等の意見を参考にして話した。
俺が語る時だけはやはり誰も何も話さない沈黙の時間が定期的に到来した。
彼らみたいに間が保てるようにぺらぺらと次から次へと語ることが出来ないのだ。
俺は自らが友達作りに失敗した高校や大学の新学期を思い出しながら話した。
今更蒸し返すのも野暮なものである。
他の奴が思っていることを逐一要約してくれるので、俺はそれに賛同しておくだけで済んだ。
彼らは外面は普通のリア充ながら、人間との距離感等という内心では俺と同レベルのことを考えていたらしい。
もしかするとここに集まっている他の奴も似たような感じであるのだろうか。
最近こそ俺はそれすら考えるのを止めてしまっているので、悩みを持っている彼らを見ると一昔前の自分を見ているような気分になった。
友達がいるって大変そうだな…と俺は終始他人事の様に思っていた。
俺は人間関係に悩んだ末にぼっちで生きることを選択したので、最近ではその問題すら発生しなくなったのだ。
俺の様に「人間関係に悩む位なら最初から人間と関わなければいい」という選択肢は当然彼らには無いのだろう。
このイベントに来る奴らが持って来るのは何れも現実がある程度充実しているからこそ認識を成し得る悩みであろう。

「─────さんって優しいんですよね」

どうやら俺が相手のことを思い過ぎて自らの行動を制限する様子から見てそう思われたらしい。
今迄にも何人か他の奴にも同じことを言われたことがある。
1度や2度位しか会っていない他人が俺から受ける印象はそうなるらしい。
俺の中では毎回それは単なる臆病や優柔不断としか判断していないので実感が湧かない。
そもそも他人と関わること自体を一切放棄している今の俺にはそう呼ばれる資格すら無いと思った。
「1人でいる時が一番落ち着く」「相手に合わせるのが酷」「人に嫌われるのが嫌」等と俺が何かその類の発言をする度に彼らに賛同された。
悉く彼らは昔の俺の面影に重なってくる。

「昔嫌われる勇気って本あって、私それ読みました」

バス団員が言った。
俺も読んだことがあると報告した。
かつて意識の高い高校担任教師にしょっちゅう読んでみろと押し付けられていたのだ。

「どんな感じの本でしたっけ」

全員無言になった。
俺に訊いた様だ。
どうやら俺が本の感想を言わなければならない雰囲気であるらしい。
適当に哲学的な内容だったと言った。
バス団員もそんな感じだったかと言った。
どうやらバス団員はちゃんと読んでいるようだ。
俺は未だに全ては読み終えていない。
3年前に半分も行かないところで止めて以来放棄していた。
その本『嫌われる勇気』はAmazonのレビューでは評判が良く、意識が変わったとか、革新的な本だとか色々賞賛されていた。
高校担任教師だけではなく高校担任教師がよく自慢話に出していた東工大だかに行ったOBも読んでいたという啓発本である。
あの本を評価する人もいるだろうが、俺には意味がなかった。
見聞を広めるという点では啓発本を読むことは良いことなのだろう。
しかし啓発本1冊如きで生き方が変わるというのも問題だ。
簡単に生き方が変わってしまっては、そいつはその程度の人生しか歩んで来なかったということになるのだ。

「周りは気にしないで自分の思ったことをすればいいって感じでしたよね」

バス団員があの本の要約をした。
人なら社会に出れば誰でも少なからず嫌われるものだ。
リア充でもオタクでもぼっちでも、どんなにいい奴でも嫌われない奴なんていない。
そう発言しようと思っていたが、止めた。
ここは人間社会で生活を送っていれば誰もが思う様な悩みについての只の温い慰め合いの場所であったことを悟ったからである。
本気で困り悩んでいる奴はこんなところにはやって来ない。
畢竟そんなことを考える精神的余裕と時間的余裕がある奴だけが来ているので、言うだけ無駄であるのだ。




思ったよりも体感時間は短く談話時間は終わった。
トイレ休憩を挟んだ後に軽く運動…もといフリスビー投げを行った。
やはり俺の前後が一番授受失敗数が多かった。
俺は極度の運動音痴であり、バスケットにボールを入れたことが無ければ、テニスボールを返せたこともない。
これで漸く彼らからも呆れられるであろうと思った。
しかし彼らは俺の失敗数については表向きには咎めなかった。
失敗が多いからか、途中で右回りに変更された。
俺が足を引っ張っていることに変わりは無かった。

「手首だけでなげるんだよ」

フリスビーの投げ方があまりにも下手糞だったようで対面団員等に指摘された。

「お!よくなってきたよ!」

「うまい!」

「やっぱり学習能力あるね」

「あ、今の投げ方優しい 」

「すごい!片手で取った!」

上手く受け渡しすると対面団員やバス団員に言葉に出して褒められた。
下手糞が普通になるのを賞賛されても惨めな気持ちにしかならないのだが、彼らはそんな当人のことは考えてはいないだろう。
フリスビー投げが終わると高揚した対面団員が近くにやって来た。

「すごいうまくなってたよ!」

上手くなっていた、ということは前は下手だったということであろうか。
他人に言われてもあまり嬉しくは感じない。

その後は昼食の時間になった。
昼食は全員でレジャーシート上で取るらしい。
飯くらい好きな場所で食わせてくれ、と言えるような雰囲気ではない。
全員が全員集まって飯を食うのは当然のことだという如く反駁者は誰もいない。
何故こうもリア充は誰かと飯を食いたがるのか。
お茶だけリュックから出していると対面団員が傍にやって来た。

「おにぎり梅とシャケがあるけど、どっちがいい?」

どうやら対面団員が本当に昼飯を分けてくれるようだ。
俺が昼飯を持ってきていないという話は団体設立者や司会団員だけではなく対面団員等にも伝わっており、先程の午前中のグループワーク時に対面団員が昼飯を分ける約束を申し出てきていたのを思い出した。

「連想ゲームの時も『おにぎりの具といえば』でシャケって言ってたもんね!はいじゃあこれ!」

コンビニで買ったらしい鮭おにぎりを手渡された。
それから次に司会団員がやって来た。
司会団員も先程昼飯の分け前をする旨のことを言っていた。
おにぎり要るかと訊かれた。
彼らの世界には昼飯を食わない人間は存在しないのだろうか。
餌付けをされている気分だ。
見ず知らずの他人にそこまで気を使うことも無いであろうとも思った。

「全員そろったらいただきますして食べよう」

「まだ食べちゃダメ。全員そろってから」

司会団員が全体にそう言い放った。
多様性を持つことは認めるが協調性の放棄は認めないというのが彼らのスタンスであるらしい。
全員で一斉に戴きますと言い、一時間もの昼食休憩が始まった。
昼食後は先程公園に入った時に見掛けた食事処に13時半に集合、それまではどこに行っても自由だという。
最初から昼食場所を自由にすれば色々な場所にも行けるし良いのにと思った。
分け与えられたおにぎりを成るべくゆっくり食べたが、どれだけ遅くしても3分もしない内に食べ切った。
手持無沙汰になりお茶を飲むしかなくなった。
他の奴だと弁当を持ってきている奴が多い。
対面団員等はコンビニで買ったものを持ってきていた。
眼鏡参加者はカロリーメイトのゼリーだけ飲んでいた。
リア充達の食事は会話も挟むので余計に時間が掛かるものである。
朝起床して飯を食ってシャワーを浴びて身支度整えて家を出るのに30分も掛からない俺にとっては昼飯一時間という時間が非常に長く感じた。

「さっきのフリスビー投げでさ」

司会団員達が先程のことについて話し出した。
司会団員は俺の両端に居た参加者2人が特に頑張っていたことを名指して賞賛した。
対面団員も俺の両端に居た2人が俺によって滅茶苦茶な投げ方をされたフリスビーも取っていたと賛同した。
ファインプレーだとか一番頑張っていたとかと団員達による賞賛の嵐が2人に降り注ぐ。
俺への当て付けであろうか。
間接的に煽られている様にしか聞こえない。
その後も彼らは何かしら話し続けていた。
会話は止むことは無かった。
「自由時間」と言っていたので手持ち無沙汰な俺はリュックからタブレットを取り出し勉強を始めた。
誰も話は振ってこなかった。
昼食時間を一時間も取ったのは畢竟彼らが会話を繰り広げる為でしかないのだろう。
昼食が終わり誰かが菓子を取り出すと次々と別の奴がまた菓子を取り出していった。
妙に持ってきている奴が多いと思ったら、そこで事前に来たメールには菓子を持ってくるように書いてあったことを思い出した。
話し合いの時間等でシェアする為に必要であったらしい。

「遠足みたい」

と、その言葉を心に浮かべる前に他の奴が言った。
本来の目的が遠足なのではないのかと錯覚するには充分な程のイベントを彼らは既に提供してくれていた。
1時15分頃になるとレジャーシートにいた彼らは片付けを始めた。
どうやら今からレジャーシートを畳んで集合場所の食事処に向かうらしい。
レジャーシートの片付けに熱心な参加者がおり、団員達からは度々感謝されていた。
彼らは笑い合う。
こんな奴らが一体人生の何に生きづらさを感じているのかと再び思った。




最初公園に入って来た時に見た食事処に戻って来た。
到着したのは丁度集合時刻の13時半だった。
食事処前には既に先に行っていた奴らが何人か屯していた。
彼らは全員が一堂に会したのを確認すると食事処に入って行った。
入口から入って右に曲がったところ直ぐにその部屋は存在した。
この部屋は事前に予約することで使うことが出来るらしく、今回は時間内で貸切にしているという。

「また4人に分かれて話しましょう」

一般的なオフィスの会議室的な場所で全員で議論する様なものを想像していたが予想とは違った。
少人数グループ内で各自意見を行っていくのが彼らのやり方であるらしい。
先程の午前中のグループワークと同じ4人に別れるのかと思ったら、それとはまた別のグループに別れるらしい。
今度俺と同じグループになったのは対面団員の他、知らない団員と知らない一般参加者の3人だった。
机の上に次々と様々な種類の菓子が盛られていく。
全員でも食い切れない程の量の菓子が机中央に置かれた。
更に各々には紙の小皿が配布される。
これに菓子を取って移して食えということだ。
勿論食欲は依然として湧かない。

「皆さんには『モチベーション曲線』を描いてもらいます」

全体に資料が配布された後説明が始まった。
モチベーション曲線という言葉自体は今までに聞いたことがなかったが、名称が違うだけで既に俺の知っているものであった。
モチベーション曲線とは横軸を時間、縦軸をモチベーションの高さにして描くものであり、0より上はプラスのモチベーション、0より下はマイナスのモチベーションとなっている。
つまるところその時期に依る度合いを曲線にして表現してモチベーションの変化を解りやすくした代物である。
昔「人生満足度のグラフ」を書いたことがあったが、それが今言うモチベーション曲線と同質のものであったのでどうも既視感があった訳である。
それ故モチベーション曲線を書く時間が与えられた時に俺は10秒程で出来上がり、他の奴らが書き終わるまで10分程暇になった。
部屋には静寂が続き、外の鳥の囀りが聞こえるだけだった。
他の奴らは随分真面目に書いているようだ。
同じ班の3人のものを一瞥するだけでも、余白に吹き出しを加えて説明書きまでしたりして丁寧に一つの完成品として仕上げているのが分かる。
他人に見せてプレゼンするという点では彼女らのようなものが相応しい。
対して俺は簡素に曲線を一筆で書いただけである。
単に文章にして説明したい内容ではないのでそこのところの説明書きは一切を省いていたというのもあったが、あまりにも雑であるので遣っ付けであると思われてもおかしくない。

「話したくないことは無理に話さなくてもいいです」

と司会団員は言った。
やがて時間が経ち全員出来上がると、一定時間の区切りを入れながら順番に描いたモチベーション曲線について説明していくことになった。
俺の向かい側に座る知らない方の団員が最初に発表した。
その団員が話し終わった後、他の二人が次々と発表内容に対して質問をした。
俺は一言も喋らなかった。
話に付け入る隙も技術も俺にはないのだ。
それ故終始黙って聞いているだけだったが、偶に話を振られたりはした。
ずっと女3人で話し込んでいたのに思い付いた様にこちらに話し掛けてくるのは困るので止めて戴きたい。
数十分経った後10分の休憩になった。
気付くと他の3人は菓子を幾つか食っていた。
俺だけ未だ何も食っていない。
しかし机上中央に置かれた菓子は依然と食い切れない程の量があり殆ど減っていないかのように見えた。

「─────さんの奴気になる」

「私も気になる」

団員達は机上にある俺のワークシートを見ては休憩中度々そんなことを言っていた。
彼女らは10秒で書き終えた俺のモチベーション曲線が気になっているらしい。
本当に碌でもないと説明しても彼女らには冗談の様にしか聞こえないようだ。
大体話して気持ちのいいものでもない。

「─────さんの発表楽しみですね 」

俺の順番になったらどうなることやらと思った。
次にモチベーション曲線の説明をしたのは俺の隣に座る対面団員だった。
対面団員の発表も終わった辺りで俺は倦怠感を感じて来ていた。
先程の発表中も1Lの茶のペットボトルをしきりに飲んでいた。
昨日オールナイトしたのだ。
俺は休憩時間中に机に伏した。
団員達に眠い理由を訊かれたので適当に勉強していたと回答した。
どうやら俺はいつの間にか真面目な人間のイメージが付いたらしい。
先程俺にも話を振ってきた時に、勉強は趣味や興味本位でやっていることは話したりした。
それがどういう訳か彼らにとっては羨ましいものであるらしい。
俺からすると勉強よりも友達作りやグループワークの方が滅法難しい。
それらが自然に出来る方が社会を生きる上で余程幸福な人間であることに彼らは気付きはしないのだろう。
各々のグループ内で4人の内2人の発表が終わり、グループワークも後半戦に差し掛かったところだった。
午前中のグループワークでも俺はそこまで話してはいないにも関わらず疲弊していた。
彼らは喋ることに慣れている為あれだけ話し込んでもそれ程体力を消耗しないのであろう。
喋るだけで疲れるなんて奴は俺位の人間である。
次に発表することになったのは俺だった。
先ず書き上げたモチベーション曲線を机中央に置いた。
説明書きの一切無い1本の粗雑な曲線の描かれた紙面。
先程司会団員が話したくないことは話さなくても良いと言っていたので、それに従うことにした。
中学の暗黒時代は俺自身もあまり語りたくない。
語るにしてもどう語れば良いかも分からないものである。
グラフに指を差しながら「色々あって」と暈して現状に至るまでを細切れに語った。
食欲も失せて半年で15kg落ちたと言うと、それまでは誰も口を開いていなかったが漸く感嘆詞を呟く奴が出て来た。
流石にそれはまずいと暗示しているようだ。
粗方話した俺はそこからは自分から語らず彼女らの質問を待った。
やはり沈黙の時間が多い。
米を食ったのは3日振りだと言うと、同じテーブルの彼女らだけではなく隣のテーブルの団体設立者達もそれを聞いて驚愕した。
飯を食わない程度のことがそんなに驚くべきことか。

「それはやばい」

「何か食べた方がいいよ」

「健康不足…」

「眠気覚ましにこれとか食べよう」

「これも!」

それを聞いた彼らは矢継ぎ早に俺の取り皿に菓子を溢れんばかりにドサドサ置きだした。
大量の菓子の山が目の前に出来上がった。
寝不足に食欲不振。
そんな不健康な奴がいると彼らは見てはいられなくなるようだ。
彼らの様に普通に毎日三食白米を食べられるのはまだ心身共に健康である証だと考えた。
生きる目的を見失うと生命活動の基本である食べることすらしなくなることを俺は知ったからだ。
最後に発表をしたのは俺から見て右斜め向かい側に座る一般参加者の女性だった。
話を聞いていて判明したことは案外彼らも俺に劣らず『不幸』な人生を歩んでいることであった。
何れも等しく哀れまれる可きものであるのだろう。
後の生活に響く後遺症の面では俺の様に恒常的に人間不審に陥ったり等はしてはいないものの、彼らも精神的に著しく衰弱していたのは事実であろう。
このオフ会にやってくるリア充達は案外裏事情がある奴がいるとは思っていたが、どうやらその通りであったようだ。
見た目や雰囲気こそはそこら辺にいるような活気のあるリア充であるが、負の過去をものともしない剛胆さを持っているのだろう。
俺も過去の記憶自体はもう引き摺ってはいないが、性格が変化したままなのはどうにもならない。
誰も責任は取れないのだ。
より精神的な頑健さを保持出来る彼女らに対し艶羨はしなかった。
生まれ持った環境が元々違うものを幾ら崇め奉ってもその行為に意味はありはしないのだ。
運悪く底辺になったら底辺として生きていく他はない。




話している最中に食事処のおばさんがやってきた。
予約指定時間が終わったという。
彼らは全員話を切り上げ、司会団員が話は出来たでしょうかと軽く締めた後に片付けに入った。
テーブルを元の配置に戻し、間も無く食事処の外に出るらしい。
俺は食事処から出る前に一旦トイレに寄ることにした。
トイレから出た後先程いた部屋の中を覗いたが既に誰もいなくなっていた。

食事処から出ると俺が出たのが最後だったらしく、立ち止まっていた彼らは忽ち場所を移動した。
幾つかの長椅子が正方形を囲み成す様に並んだ場所に集いた。
司会団員が今日の感想を一人毎に言って貰うと言った。
左回りに発表していくことになった。
他の奴のスピーチ時間が長い。
何をそこまで話すことがあるのだ。
バス団員も団員の一人だからか特に話す時間が長い。
即興で感想を思い付きながら長々と話すことなど俺には不可能であった。
俺の感想タイムは僅か10秒程度で終わった。
オフ会上のブログラムではこれで終了であったが、直後アンケート用紙が全体に配布された。
この場で書けと言うらしい。
無記名ではなく実名記入欄有の質問書であった為、低い評価は付け辛かった。
書く土台がない奴にはバインダーが幾つか配布された。
俺はタブレットを下敷きにして書いた。
アンケートを書き終わった後はバス団員に提出した。

「ありがとうございます」

アンケート用紙が回収された後はその場にいた一般参加者達は他の一般参加者と集まってLINEの交換を始めた。
すると伝染してその場全体がLINE交換の空間になった。
自然と、そうなるのが当たり前であるかのような流れでそうなっていた。
やがてバス団員が近づいて来て俺にLINEの交換を申請してきた。
バス団員は他の一般参加者達にもLINE交換を個別に申し出ていた。
そこまでしてLINE交換に熱心になる理由はあるのか?
その後は他の奴らの様子を観察した。
男女別に別れてLINE交換会を開催しているようだ。
男性一般参加者4人と司会団員が集まり5人でLINEを交換している。
女性一般参加者2人と先程食事処で同グループだった女団員2人が集まり4人でLINEを交換している。
バス団員と団体設立者の2人は何か会話をしている。
俺は1人でスマホを弄っていた。
勿論、当然のことながら、俺とLINEを交換する奴はその後には現れなかった。
最初に会った時から気に掛けてくれたバス団員以外、誰も話し掛けても来なかった。
つい先程まで午後のグループワークで話していた対面団員や大学生団員も近くにいる俺を気にする誼も在りはしないようだ。
グループワークでは少なからずの共感は得られたものと思われる。
彼らも同じ様な悩みを抱えているのなら、関われば何れ親しくなるに違いない。
そう、彼らとなら…と一瞬思い掛けたが、最後になって彼らとは明確な距離感があったことに気付かされた。
俺が人と馴染む為の時間は人一倍必要とされる。
俺はそんな簡単なことすら忘れていのだ。
同期がいれば必然的に俺以外の奴の方が仲良くなることになる。
俺が学校で集団の中にいても孤独を感じていたのもそれが原因である。
畢竟同じことを思っている奴がいても、住む世界が異なっていれば交誼を結ぶことも能わないのである。
そうして俺は「いつも通り」自ら身を引くことになった。
LINE交換が一通り終了した後、そこで司会団員から解散の合図がなされた。
バス停に全員で向かった。
バス停に着いた彼らは立ち往生していた。
次のバスが来るのまで時間があるらしく、彼らは歩いて次のバス停に行くことにしたようだ。
俺はそこでバスを待っても良かったが、この際成る可く早く帰りたかったので次のバス停に向かう集団の一番後ろに付いていくことにした。
当然のことながら、そこのバス停でバスを律儀にも待ち続ける奴は居らず全員徒歩で次のバス停へと向かっているようだ。
解散とはいいながらも、実質的には未だ全員で固まっている状況だった。
歩いていた歩道は人がギリギリ2人横に並んで歩ける程度の狭さだったが、他に人は居なかったのでこれだけ大挙して歩いても問題は無いようだ。
前を歩く彼らは楽しそうに和気藹々と話で盛り上がっていた。
気付くと俺の隣にはバス団員が歩いていた。
今朝に初めて会った時のことを思い出した。
あの時も今と同じく集団の一番後ろを歩きながら2人で気まずく沈黙していたのだ。
畢竟何を生き甲斐にして生きればいいのかと俺は最後にバス団員に訊いた。

「難しいですよね」

バス団員は長い時間沈思黙考した。
相当考え込んだようだが、出て来る答えはやはり、

「色んなことを試してみるとか…」

自分で見付けなければならないということに終着した。
彼の団体、そしてバス団員に最後の期待を託していたが、それも到頭終焉を迎えるようだ。
畢竟俺にとってこの団体から得られる利益は存在しない、という結論に至った。
俺とバス団員の組の前には一般参加者2人が話しているのが見えた。
この様なオフ会に来たということは彼らは元々一定以上の社交性は持ち合わせていたのであろう。
他の一般参加者と直接的な関わりが殆ど無かったのは俺だけであるようだ。
確かに今日特に話した人間はバス団員、対面団員と団員ばかりであった。
一般参加者とは全くと言っていい程会話しておらず、一言か二言言葉を交わした程度である。
団員達は一般参加者に対して気を遣って関わってきていることを考慮すると、今日は実質的には誰からも殆ど絡まれていないということになる。
いつも通りの当然の帰結であると考えた。
どこにいても俺は一人になることには変わりはないようだ。
次のバス停に到着した後、バスに乗車した。
金町駅に到着し、朝の集合場所であった駅南口前で解散した。
男の一般参加者達はこれから全員で飲み会に行くらしい。
当然そこに俺は含まれていない。

「これから晩ご飯食べにいきます」

「そうなんだ!いいなー」

「俺達もこの後集まるだろ」

「打ち上げというかミーティングだよね」

団員達5人もこの後何処かの飲食店に集まってオフ会の反省報告会をやるらしい。
一番最初に女性の一般参加者が早くも挨拶をした後1人でそそくさと駅の中に歩き去って行った。
その後に男性一般参加者4人が団員達に最後に挨拶をすると打ち上げ場所を求めて去っていった。
いつの間にかもう1人の女性の一般参加者も居なくなっていた。
そうして一般参加者は俺以外には誰も居なくなり、俺はどの道1人で帰宅することに変わりはないようであったので敢えて帰らずにその場に残っていた。
暫くした後、駅の中から食事処で同グループであった女性の一般参加者が出て来た。
解散から随分時間が経っていたが、まだ帰らず何処かにいたらしい。

「そろそろ行く?」

司会団員が団員達に言った。
彼らも到頭この場から解散するようだ。
それを見計らって俺もその場を去った。

次の日に唯一LINEを交換していたバス団員から社交辞令メールを受信した。
成る可く形式的な文面を考えて返答作業を行った。